左大臣
「左大臣と右大臣」などのように使う「左大臣」という言葉。
「左大臣」は、音読みで「さだいじん」と読みます。
「左大臣」とは、どのような意味の言葉でしょうか?
この記事では「さだいじん」の意味や使い方について、小説などの用例を紹介して、わかりやすく解説していきます。
左大臣の意味
「さだいじん」には次の二つの意味があります。
1 律令制で、太政官の長官。太政大臣の次位、右大臣の上位にあって、政務を統轄した。左府。左丞相。左僕射。ひだりのおおいもうちぎみ。ひだりのおとど。
2 明治初期の太政官制における官名。明治18年(1885)、内閣制度発足で廃止。(出典:デジタル大辞泉)
それぞれの意味や使い方については下記の通りです。
左大臣の意味①「律令制で、太政官の長官。太政大臣の次位、右大臣の上位にあって、政務を統轄した。左府。左丞相さしょうじょう。左僕射さぼくや。ひだりのおおいもうちぎみ。ひだりのおとど。」
「左大臣」の一つ目の意味は「律令制で、太政官の長官。太政大臣の次位、右大臣の上位にあって、政務を統轄した。左府。左丞相。左僕射。ひだりのおおいもうちぎみ。ひだりのおとど。」です。
左大臣と右大臣は、ペアで使われることも多いですが、左大臣が格上、右大臣は格下の位置付けとなります。
小説などでの具体的な使い方は下記の通り。
使い方・例文
・源氏は、四十九日まではなお左大臣邸にこもりきりになっている。
(出典:田辺聖子『新源氏物語』)
・中大兄が一人の男を伴って急ぎ参内したのは、左大臣の死後七日のことだった。
(出典:井沢元彦『日本史の叛逆者 私説・壬申の乱』)
・左大臣家のほうへもそんなことで行かれぬという手紙が行ったのである。
(出典:与謝野晶子『源氏物語』)
・これは左大臣になった藤原師尹という人の娘、芳子のことだと思われます。
(出典:円地文子『源氏物語私見』)
・祭りの日の源氏は左大臣家へ行かずに二条の院にいた。
(出典:与謝野晶子『源氏物語』)
左大臣の意味②「明治初期の太政官制における官名。明治18年(1885)、内閣制度発足で廃止。」
「左大臣」の二つ目の意味は「明治初期の太政官制における官名。明治18年(1885)、内閣制度発足で廃止。」です。
左大臣は、天皇を補佐する職として明治維新以降も存続し、島津久光、熾仁親王が在任していました。
小説などでの具体的な使い方は下記の通り。
使い方・例文
・明治六年、久光にまた勅使が下ったので、久光は上京したが、明治七年には左大臣に任ぜられた。
(出典:海音寺潮五郎『史談と史論(上)』)
・お主には気の毒だが、左大臣殿にはこの上もないという話だ。
(出典:福永武彦『風のかたみ』)
・少将は、左大臣家の嫡流という根のしっかりと張った大きな樹です。
(出典:福永武彦『風のかたみ』)
・これも左大臣にまで至った人物だが、才能ある女房がこういう一流の貴族の愛を受けるのは女として名誉なことだったのだ。
(出典:池田弥三郎『話のたね』)