犬に論語とは?意味、類語、使い方・例文をわかりやすく解説

犬に論語

「いくら話しても犬に論語だった」などのように使う「犬に論語」という言葉。

「犬に論語」は、「いぬにろんご」と読みます。

「犬に論語」とは、どのような意味の言葉でしょうか?

この記事では「犬に論語」の意味や使い方や類語について、小説などの用例を紹介して、わかりやすく解説していきます。

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犬に論語の意味

「犬に論語」には次の意味があります。

いくら道理を説いて聞かせても益がないことのたとえ。(出典:デジタル大辞泉)

一言で言い換えると、言っても無駄という意味です。
理解できない者に、あるいは聞こうともしない者に対して、いくらいい話や役に立つ話を聞かせても何の意味もないということを、犬に論語を説いたところで犬は理解できないので何の得にもならない、ということに例えた言葉です。

小説などでの具体的な使い方や類語は下記の通り。

使い方・例文

・有名な専門家を講師として招いたが、内容が高度すぎて犬に論語となってしまった。

・昔気質で偏屈な父には何を言っても犬に論語になる。

・私にそんな専門的な話をされても犬に論語です。

・本人に学ぶ気がないのなら、どんなに丁寧に教えても犬に論語だ。

・彼には犬に論語だと思っていたが、理解しようと必死になって話を聞いていた。

類語

馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)
意味:馬にありがたい念仏を聞かせても無駄である。いくら意見をしても全く効き目のないことのたとえ。(出典:デジタル大辞泉)

牛に経文(うしにきょうもん)
意味:いくら説き聞かせても効き目のないことのたとえ。(出典:デジタル大辞泉)

牛に対して琴を弾ず(うしにたいしてことをだんず)
意味:志の低い者や愚かな者に高尚な道理を説いてもわからないことのたとえ。(出典:デジタル大辞泉)

兎に祭文(うさぎにさいもん)
意味:ウサギに神仏の霊験を説いても無駄であるように、いくら意見をしても効き目がないことのたとえ。(出典:デジタル大辞泉)

馬耳東風(ばじとうふう)
意味:馬の耳に東風。馬の耳元を風が吹きすぎでもするように、人の話をまともに聞こうとしないこと。(出典:とっさの日本語便利帳)

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